不安の法則


「おーい、もみじぃ。」

ある日の十二支高校野球部。
せっせと用事をこなす女子マネージャーたちのところに、一人の少女が来た。

彼女は1年女子マネージャーの一人、清熊もみじに声をかけた。

「あれ、猿野。もう終わったのか?」
もみじは彼女に親しげに答えを返す。
どうやら仲のよい友人らしい。

「うん、今日一緒に帰ろうって言ってたっしょ?
 こっちの委員会が早く終わってさ。
 ちょっとこっちで評判の野球部さんの見学しよっかなと思って。」
そう言って彼女は邪気のない笑みをこぼす。

「ああ、かまわねーよ。
 もうあと1時間ほど待っててくれや。」
もみじは、彼女がまわりに居る犬飼やら牛尾キャプテンやらが目当ての
大量の女生徒達のような下心がないことはよくわかっていたので。
特に気分を害する事もなく了承した。


「もみじちゃん、そっちは終わった?」
「あ、凪ちゃん。久しぶり〜〜。」
「猿野さん、来てたんだ。」
もう一人の女子マネージャー、鳥居凪が来たのを見て、彼女はまた嬉しそうに微笑む。
彼女はもみじを通して凪や、猫湖檜とも仲がよい。
凪たちも明るくて屈託のない彼女が好きだった。


そんな、少女たちの温かな空間に。
突然、あるものが侵入してきた。


「危ない!」
咄嗟に動いたのは、彼女だった。


「え?」
彼女の声に驚いた凪をすばやく引き寄せて、凪の身体の前に立つと。


パシッ


小気味のいい音を立てて、飛んできたボールを掴んだ。



「あっぶないなあ〜〜。もう。」
彼女は少し怒ったような顔で、胸をなでおろした。
そして背後の凪を気遣った。
「凪ちゃん、大丈夫だった?」

「うん…ごめんね猿野さん。私ぼーっとしちゃってて…。」
「凪ちゃんは悪くないってば。」


すると、先程のボールを打った張本人らしき人物がやってきた。

「すまんっちゃ、大丈夫だったと?」
2年生レギュラー、猪里猛臣だった。

「君、すごかったNa!
 すげーカッコよかったZe?」
同2年、虎鉄大河も一緒だった。
どうやら、先程の彼女の行動を見て、彼女に興味を持って来たようだ。


「さっきのは先輩っすか?!
 気をつけてくださいよ!猿野がボールを受けてくれたからよかったようなものの…!」
もみじは、やってきた二人を怒った。
一つ間違うと、凪や彼女がケガをしていたのだ。


「ああ、悪かったばい。」
打った本人である猪里は、流石に申し訳なさそうに謝った。
本来なら狙った場所にボールを返すことが出来るのに、それを誤ったからだ。

その原因が、彼女が何となく気になっていたからというから、尚更である。

「あの、鳥居さん。それから猿野…さん、だったと?
 ほんまにごめん!!いつもやとこんなミスせんのやが…。」
猪里は深々と頭を下げた。
心から反省している様子に、彼女は柔らかく微笑んだ。

「そんな、先輩。大丈夫ですから頭を上げてください。」
「ええ、いいですよ、もう。
 凪ちゃんもケガなかったし。」


「それにしても可愛いよNa、君。
 よかったら今度一緒に遊ばないKa?」

虎鉄の言葉に、彼女は苦笑した。

「あはは、先輩ってホントに噂どおりですね〜〜。」

「N?噂ってどんなNo?」

そういいながら虎鉄はずずぃっと寄って彼女の肩に触れた。

そんな虎鉄に、軟弱嫌いのもみじがキレた。
「てめえ、猿野にベタベタ…。」


そう言って、怒りの鉄拳を虎鉄に食らわそうとした、その時。



ドゴォッ


###########



「ここに居たの?」


「…遅い。」


「『遅い』はないでしょ。
 今日は約束してなかったし。おかげでもみじとの約束が反故になっちゃったじゃない。」


「うるさい…。」


「ったく。正直に言えばいいでしょ?
 来てくれて嬉しいって。
 あーあ、なんでこんなワガママな男と付き合ってんだろ。」


「……。」


「…冗談よ。そんな泣きそうな顔するんじゃないよ、犬飼。」


彼女は不安そうな相手に、優しく笑った。
そこにいるのは、野球部1年レギュラー。

犬飼冥。


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彼女に迫ろうとした虎鉄の目の前を横切ったのは、犬飼の投球だった。

数週間前から密かに彼女と付き合っていた犬飼は、ナンパな先輩が
彼女に迫っているのを見て、無意識のうちに危険な行動をとっていたのだ。

犬飼はかなりの遠投をし。
まだ二人が付き合っているのは誰にも知られていなかったので。
その球が犬飼から放たれているのに気づいたのは、彼女だけだった。


そのことから、彼女は犬飼の気持ちを悟り。

部活終了後に、いつも会っている、この屋上にやってきたのだ。


案の定、そこに犬飼はいた。
怒ったような、不安そうな、泣きそうな顔で。



########

彼女が犬飼の傍に寄ると犬飼は彼女の身体を無言のうちに抱きしめた。

「猿野…。」

「ん…。」
彼女は、抱きしめられるままに犬飼の腕に身を預けた。

そして一言、言った。

「不安なんて感じないでいいよ?」


それは、暖かく。


優しく染み入る、ことのは。



                            end



毎度無理矢理な話の展開ですね…。
5ヶ月近くも遅れてこんな話で、海斗さま本当に申し訳ありません。
ハンサムな♀猿野っていうとこれくらいしか思いつきませんでした…。
犬飼のヘタレも度が過ぎているような…。
結局最後はいちゃいちゃです。(苦笑

海斗さま、リクエスト本当に有難うございました!!


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